【万華鏡―弐―】

 

 

 

 

ひらり、ひらりと花びらが舞い落ちる。

そう、季節は春も終わり。

暖かな陽光から、焼け付くような陽光へと移り変わっていく季節の変わり目の頃・・・。

 

祖父の代理として訪れたとある邸。

地位としてなら下の上か、中の下当たりであろうその邸へと、自分は厄払いを行いにやって来た。

先日、この邸の主が出仕の帰りに妖と遭遇したらしく、数日間物忌みを行ったらしいのだがそれだけでは不安とのことであった。

どうしてそこまで気を配るのかというと、その邸の主には病を患っている娘が一人いるらしく、何か障りがあっては大変と思ったらしい。

 

この話を聞いた時、自分は娘思いの良い人だと思った。

何せ己の身分を確保するために自分の娘をより位の高い相手へと嫁がせる何てことは日常茶飯事に行われているこの時分、例え血のつながった子といえどただの道具と見なす親も少なくはないのだ。

まぁ、体調を気遣えば全て良い人となるわけでもないのだが・・・・・。

 

実際のところ、本人達が心配するような瘴気や妖気など・・・まぁ、ほんの微量は漂っていたが、それだって日常生活を送る分には全然気にする程のものでもなかった。薄っすらと残滓がある程度である。

そこは相手安心させるべく、神呪を唱えて空気を一掃した。

本来ならそれだけで邸を辞するのだが、その時は何故か引き止められた。

曰く、娘の快癒を祈祷して欲しいとのこと。

 

正直言ってこれには困った。自分は直丁――まだ半人前の見習い陰陽師である。

そういったことなら父や兄らに頼んだ方が良いと進言したのだが、ならばせめて様子を見るだけでも・・・・と言われてしまえば断ることもできなかった。

 

 

邸の主の娘の部屋へと来たとき、自分はふと足を止め軽く眉を寄せた。

どうしたのか?と掛けられた声に軽く首を振って答え、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

通された部屋の中には、己と同い年かやや下位の歳の少女が褥に寝かされていた。

さほど位は高くないとはいえ貴族の娘であることには変わりない。

本来ならば直に顔を合わせるなど無きにしも等しいことなのであろうが・・・・。

一言断りを入れてから相手へと近づく。そして少女の様子を窺った。

日に焼けぬ肌は如何にも病を患っているという風に見せ、血色も傍から見て良くはなかった。

 

が、問題なのはそこではない。

問題なのは少女に纏わりついている禍々しい気―――怨嗟であった。

成る程、これならば体調を崩してもしかたないだろうと思う。

娘は元から病弱な身体であるとも言っていたし、この禍気が身体に纏わりついていれば例え健康な身体を持っている人とて体調を崩すだろう。

 

自分は邸の主にその旨を伝え、禍気を払うことにした。

幸いにして、怨嗟と言えども呪詛の類ではなかった。恐らく(邸の主へだと思うが)妬みや羨望などの類が怨嗟へと肥大してしまったものが、どういった経緯なのかはわからないが娘の方へと向かってしまったようだ。

拍手を叩き、呪を唱える。

左程時間もかからずに怨嗟を払うことができた。

 

呪を唱え終え、再び少女の様子を窺うために視線を向けると、丁度目を開けたところであった。

茫洋としていた少女の眼に徐々に光が戻り、今までどこか抜け落ちていた生気も立ち返ってきた。

少女が徐に視線を動かした。ぱたりと己の視線と噛み合った。

自分は少女を安心させるべく、「もう大丈夫ですよ、ご安心ください」と声を掛けた。

すると少女はふんわりと微笑み、「ありがとうございます・・・」と言葉を返した。

 

 

そう、それはもう綺麗な笑みだった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ろ!おーい、晴明の孫ぉ」

「――っ、孫言うなっ!!」

 

 

がばりと勢い良く起き上がり、昌浩はぎろりとすぐ傍らにいる物の怪を睨み付ける。

いい加減、「晴明の孫」と言って起こすなと散々文句を言っているのだが、この物の怪は一向にして聞き入れない。

曰く、これが一番手っ取り早く起こすことができる。とのこと―――。

 

 

「ったく、毎朝毎朝『孫、孫』連呼しやがって!いい加減にしないとその白い毛を毟るぞ!!」

「なっ!?心外な!お前を毎朝懇切丁寧に起こしてやってるこの俺に向かってそんな暴言を吐くとは、恩知らずいいところだぞ?!」

「なーにーがっ、恩知らずだよ!毎回人の胸の上に乗っかって『くか〜!』と寝息を立ててる物の怪が何を言うかっ!!」

「なにおぅっ?!それとこれとは関係ないじゃないか!」

「いーや!関係大有りだねっ!」

 

 

ぎゃいぎゃいと言葉を交わす昌浩と物の怪。朝から元気なことである・・・・・。

 

 

「はぁ・・はぁ・・・。まぁ、言い争いはこれ位にしておいて。お前、一体どんな夢を見てたんだ?」

「は?どんなって・・・・何でさ?」

「こ〜んな風に締まり気のない顔でにやにやと笑ってれば、そりゃ気になるだろうが」

 

 

「こ〜んな」の部分でみにょ〜んと己の頬を前足で引っ張り、実演して見せる物の怪。

昌浩はそれをじと目で眺め遣った。

 

 

「もっくん・・・それ嘘でしょ?」

「なんだ、わかったか。まぁ、それは脇に置いておくとして、何か夢は見たのか?」

「さぁ、どうだろ?見たような気もするし、見てない気もするし・・・・」

「なんだぁ?随分とはっきりしない物言いだな」

「だって覚えてないし・・・・・って、うわぁ!もうこんな時間?!急いで着替えないと!!」

 

 

外をふと見遣った昌浩は、その空の明るさを見て慌てて褥から抜け出して着替え始める。

 

 

「はぁ・・・・相も変わらず忙しないやつだ・・・・」

 

 

物の怪はそんな感想をポツリと漏らし、一つ溜息を落とした。

 

この時、昌浩が覚えていないと答えた夢がとある事件に関ってくるなど、昌浩当人を初めとして物の怪が知る由などあるはずも無かった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今一度、貴方様に会いたいです・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※呟き※

続きをUP。果たして十話以内に収まるだろうか・・・。

えっと、過去話を交えつつ平和な出だし。これからどうやって少女と昌浩を絡めていこうかと思案中。

まぁ、じりじりと進めていきたいと思います。